~monologue de sommelier(ソムリエのひとり言)~ ワインにまつわるエピソード

※このひとり言は2013年10月1日~に東京の「ラベル新聞」に連載されていた同筆者のコラムになります。

寄稿 シニアソムリエ 石田通也氏 ⑥ 「ワインラベルとetiquette(エティケット)」

ラベル新聞2013年10月1日号~毎月1日号に連載「過去記事プレイバック」
前回に引き続き、ワインのラベルにまつわる印象的なエピソードを2つ紹介します。

まずは、ワインを飲まれた事のある方なら一度は目にした事があるだろうドイツのワインで、ラベルに黒い猫が描かれている「シュヴァルツ・カッツ」です。

「シュヴァルツ」とはドイツ語で「黒い」を、「カッツ(ツェ)」は「猫」を意味します。メーカーによってさまざまなデザインがありますが、共通しているのは黒い猫が必ず描かれている事です。昔、日本でも流行し、今でもスーパーやコンビニ、酒屋さんなどにかなりの確率で置いてあるため、ワインファンなら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
なぜ、このワインに黒い猫が描かれるようになったのかを紹介します。シュヴァルツ・カッツが生まれた場所は、ドイツの高級ワイン産地「Mosel(モーゼル)」地域の「Zell(ツェル)」という地区であるため、正式名称は「ツェラー・シュヴァルツ・カッツ」となります。
1800年代後半、同エリアのワイナリーに1匹の黒猫がいました。ある日ワイン商がそのワイナリーに商談に来て、三つの区画から区画ごとに仕込まれたをテイスティングし、どの樽を購入するかを吟味していたものの、なかなか絞り込めずにいたそうです(19世紀当時は、ワインは樽ごと売買される事が多かった)。ブルグライ、ペタースボーン、カペルチェンと、どの区画も素晴らしく、最終候補の中でどれにしようか迷っていたところ、ある樽に黒猫がヒョイと上り、ペロペロとその樽をなめ始めたそうです。それを見たワイン商が「おまえもワインの味がわかるのか」と驚くと、ワイナリー当主が「こいつの仕事も私と同じでこのワイン蔵ですから。毎日ネズミを捕りながら、染み出たワインの味をみているのですよ」と返したそうです。それは最有力候補の樽だったようで、「ではこれをいただこう」ということになったそうです。ちなみに、その区画はカペルチェンでした。
翌年、ワイン商が同じ区画を購入しようとしたところ、名前が思い出せず当主に確認していた時、「これからは分かりやすくシュヴァルツ・カッツ(黒猫)にしよう」ということになり、ツェラー・シュヴァルツ・カッツが誕生しました。
しかし、このワインが評判を呼ぶにつれ勝手に名前を使うワイナリーが後をたたず、何度も裁判沙汰になったそうです。そして1926年、名称は創作名であり畑名ではないので自由に使用できる、と1度は判決が下りましたが、29年に覆り原告が勝訴。しかし事態は収まらず、32年に村の合議で周辺のワイナリーに使用が認められ、63年にはさらに広範囲での使用が認められるようにーー。ついに71年、ワイン法でグロスラーゲ(総合畑)の呼称となり決着しました。
ワインラベルビハインドストーリーの最後は、切なくも美しい私も最も好きなエピソードの一つ「シャトー・クレールミロン」です。
このワインは、フランス、ボルドーにあるポイヤック村のグランクリュクラッセという特級格付けにもなっているもので、オーナーはシャトー・ムートンロートシルトです。ラベルは一組の若い男女がユダヤの結婚を祝う踊りを興じている絵柄で、結婚式を挙げたばかりの2人だと言われています。夫婦の手には祝杯があり、ロートシルト家に代々伝わるコレクションだそうです。ワイン名「クレールミロン」の上には小さく「バロン・フィリップ(フィリップ男爵)」とありますが、このフィリップ男爵こそが最大の貢献者であり、同ラベルのモチーフと言われています。
フィリップの時代は第2次大戦中で、ロートシルト家はユダヤ人で富豪でもあったため大変な迫害を受け、シャトーは全てナチスが占領し、妻リリーもゲシュタポに捕らえられました。終戦後、フィリップと娘のフィリピーヌは離れ離れになるも何とか助かりましたが、愛妻リリーは収容所で亡くなってしまいます。失意の中、フィリップが必死でシャトー再興に取り組んでいたところ、小さなワイン畑を造っていた娘フィリピーヌと再会。その畑こそがシャトー・クレールミロンであり、ラベルに描かれている若い男女は、フィリピーヌの父と母、若き日のフィリップと妻リリーではないかと言われております。クレールミロンのラベルは、フィリップの若き日、妻との最初の思い出を描き、亡き妻と、せめてラベルの中だけでも永遠に踊り続けたい、という気持ちが込められていると言われています。
私はこのワインをよく結婚のお祝いに贈ります。理由は、エピソードは切ないものですが、永遠に添い遂げたいと言う切なる思いを、これからの2人に末永く持っていてほしいという願いからです。
次回は、「ワインラベルとetiquette」第7回目で、最終回になります。「人間のラベル(仮題)」をテーマに総括していきます。
「ラベル新聞」 2013年10月1日~2014年5月1日まで連載 

著者:シニアソムリエ 石田通也氏 

1970年、長野県明科町(現安曇野市)生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校で料理を学んだのち、㈱プリンスホテルへ入社。各レストランに配属されサービスを学ぶ。「シニアソムリエ」「きき酒師」「ビアテイスター」などの資格を持ち、05年には、「第4回全日本最優秀ソムリエコンクール兼第12回世界最優秀ソムリエコンクール日本代表選考会」でベスト16に。現在は、長野県松本市深志のフレンチレストラン「Le SALON(ル・サロン)」オーナーとして活躍する傍ら、ホテル、レストランのイベントプロデュースなども手がける。11年に㈳日本ソムリエ協会技術委員・上信越支部地域委員、同年、長野県原産地呼称管理制度日本酒・焼酎官能委員に。

 

Le  SALON

松本駅から徒歩10分の深志神社近くにあるフレンチレストラン。重厚なエントランスを入ると、ゆったりとくつろげる空間が広がる。オーナーソムリエの石田氏とワイン談義を交えながらリーズナブルなフランス料理が楽しめる。

住所:長野県松本市深志3-4-3 1F/営業時間:17時30分~23時/定休日:木曜日/予約・問い合わせ:TEL 0263-88-7447